出土遺物(食材・調理道具)

出土遺物(食材)

 調査区の中央を流れる縄文時代中期末(4.000年前)の川の右岸で、凡そ150?の広がりで、トチノキの樹根が検出された。鑑定結果、トチノキの大木が56本あったことが判明した。付近の川からトチノキの幼果も見つかっており、このことを裏付ける。更に同じ川の上流部で、大型高床建物の柱材など多くの建築部材が転用された木組みが、多量のトチノミを伴って出土した。これは木の実の「水のさらし場」と考えられる。これにより、今回の調査区がトチノミの生産地と水辺の加工場が一体となった所であったことが明らかになった。水さらし場が検出され、近くでトチノキの林そのものが確認された例は桜町遺跡が始めてであり、トチノミの食料化が確認された例としては我が国最古のものである。

  食材

 縄文時代の川から、シダ植物のクサソテツ(コゴミ)が出土した。縄文人も山菜類を食料としていただろうことは想定されていたが、数千年を経た遺跡では遺り得ないと考えられていた。今回の発見は我が国初で、良好な条下では遺りうることを示した。コゴミはクルミや其の他の種子が団子状に堅く固まった土の中に、閉じ込められるように入っていた。長さ6cm程で、先端部が「ゼンマイ状」に巻いてある。収穫時期の違う植物遺体が一緒になっていたことから、縄文人が採集し、何らかの条件下で固まり埋没したものと推測される。

   調理道具

 川の上流部の中に設けられている水さらし場の付近で、敲き石(11.5×9×4cm)と、多量のクルミ(約30?・個数にして約千個)が出土した。その下からクルミを割る作業台と見られる板(クリ材59cm×23cm、厚さ510cm)が出土した。この板は中央に顕著な使用痕が見受けられ、凹んでいる。この発見により板が台とされていたことが明らかになった。板の樹種はクリ。クルミ割りの作業中にこの一帯は洪水に襲われ、この道具もクルミも放置されたままになったと推測される。

(小矢部教育委員会)

 

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